La5Mo4O16はab面内でMo4+(4d 2)とMo5+(4d 1)が正方格子上で市松状に配置しており、局在スピンが200K以下で反強磁性的に秩序化するため面内ではフェリ磁性となるが、隣り合う面ではそのフェリ磁性モーメントが互いに反対方向を向く面間反強磁性となる。しかし面間方向の反強磁性相互作用は面内の相互作用と比較して3桁ほど小さいため、1 T以下の弱い磁場で、面内のフェリ磁性秩序を保ったまま面間方向のフェリ磁性モーメントが同じ方向を向く面間強磁性相へのメタ磁性転移が起こる。このメタ磁性転移におけるスローダイナミクスを調べた。La5Mo4O16においては70K以下で軌道秩序が起こって面間反強磁性が基底状態でなくなるため、低温で面間反強磁性-強磁性のスローダイナミクスを調べるために、MoサイトにMnをドーピングして意図的に軌道秩序を壊して面間反強磁性を安定化させた試料を用いている。
面間反強磁性から強磁性へ、および面間反強磁性から強磁性への相転移において磁化の時間依存性を測定した結果、いずれの場合も時間とともに磁化が変化するスローダイナミクスが観測され、その緩和時間は臨界磁場が近づくにつれて発散的に増大することが明らかになった。その緩和時間の温度・磁場依存性を解析した結果
\[T\ln\tau=T\ln\tau_{0}+\frac{1}{k_{B}}\frac{A^{2}}{|\mu_{B}H-B|}\]
ですべてのデータがフィッティングできることが分かった。これは隣の層と弱く相互作用した2次元スピン系において、スピンが反転した部分が面内の磁気的相互作用を界面エネルギーとして核生成-核成長するモデルによって導かれる式であり、Aが面内の磁気的相互作用、Bが面間の磁気的相互作用に対応する。実験結果から求められた値は、この物質の相互作用の大きさと矛盾しないものであった。
これは、磁気的相互作用のみに支配された系におけるスローダイナミクスという非常に珍しい例である。
図1 上:La5Mo3.6Mn0.4O16の面間強磁性から面間反強磁性への緩和における磁化率の時間依存性。左は0Tで様々な温度下、右は31Kで様々な磁場下における結果。
下:様々な温度、磁場におけるTlnτ-Tlnτ0を磁場に対して図示したもの。
M. Saito, R. Mikawa, T. Hasegawa, and T. Katsufuji
“Slow dynamics in a highly two-dimensional magnet: La5Mo4−xMnxO16”,
Phys. Rev. B 110, 184429 (2024).
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